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last update Last Updated: 2025-09-01 14:13:59

 ――僕に「少しの間だけ仕事を抜けさせてほしい」と告げられた島谷課長は、あからさまに顔色を変えた。「そんなこと、許可するわけがないだろう」と言うだろうと僕は察した。

「――私からもお願いします、島谷さん」

「誰だね、君は」

「会長秘書の、小川と申します。彼は会長の奥さまから急な用件をうけたまわったので、抜けさせてほしいと申し上げてるんです」

 この部屋に本来いるべきではない小川先輩に怪訝そうな顔をした島谷氏。でも、先輩はそれに臆することなく堂々と発言していた。……先輩カッコよすぎ。俺、女性不信じゃなかったら絶対惚れてます。

「会長秘書? 会長の奥さまから……」

 島谷氏は典型的な中間管理職――つまり「長いものには巻かれろ」主義なので、先輩の〝会長秘書〟という肩書きに明らかにうろたえていた。

「ええ。直接ご指名があったんです。ぜひ彼に、と。もちろん、ダメだとはおっしゃいませんよねぇ? あなたの今後の査定にも響くでしょうし?」

 彼女はニッコリ笑って言っているように見えるが、そのニッコリ顔が島谷氏には氷点下の笑顔に見えたらしい、要するに「顔は笑っていても目が笑っていない」というヤツだ。

「お願いします、課長! 用が済み次第、ちゃんと戻ってきますんで!」

「そう言われてもなぁ……」

 この人が悩み始めたら、これは長期戦になる可能性大だ。こっちにはそんなことに付き合っているヒマはないのに!

「……桐島くん、絢乃さんをお待たせしちゃいけないから、あなたは行ってきなさい。この人はあたしが説得するから。学校の住所はナビで調べたら分かるよね?」

「先輩、ありがとうございます。じゃあ、ここはお任せしますね。――とにかく、僕行ってきます!」

 僕はその場を先輩に任せて、絢乃さんを迎えに八王子まで向かうことにした。

   * * * *

 クルマのナビは古すぎてアテにならないので、スマホのナビアプリを頼りに茗桜女子学院の門の前までどうにか辿り着いたのは午後一時半すぎ。そこで待っていた絢乃さんは、当然のことながら学校の制服姿で立っていた。髪もストレートで、焦げ茶色のヘアゴムでハーフアップにしてあった。

 クリーム色のブレザーに、赤の一本ラインが裾に入ったブルーグレーのプリーツスカート、そして胸元には赤いリボン。スカート丈がキッチリ膝丈なのと、黒のハイソックスを穿いてい
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  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   秘書としての覚悟 PAGE6

       * * * * 僕は十一月の初旬、自動車メーカーの正規ディーラーを訪れ、新車の購入契約をした。外側の塗装や内装をカスタムしたこともあり、納車には半月から一ヶ月ほどかかると言われた。 その分費用はトータルで四百万円ほどかかってしまったが、それが僕の秘書としての覚悟の証明になるなら安いものだと思えた。 シートのカラーが自分で選べたので、僕は数あるカラーの中から上品なワインレッドをチョイスした。絢乃さんのイメージなら、どキツいピンク系よりもそちらだろうと思ったからだ。それに、ワインレッドだとシートの生地がベルベット地になるので乗り心地もよくなるだろうと。 新車と引き換えに、それまで散々こき使いまくったオンボロのシルバーの軽自動車は下取りしてもらうことにした。納車前に売っ払ってしまうと、僕の通勤手段がなくなってしまうからだ。当然のことながら、絢乃さんをドライブにお連れすることも不可能になってしまう。「売っ払っちまうくらいなら、なんでオレに譲ってくんなかったんだよ!?」 兄は(もちろん普通自動車の免許は持っている)文句タラタラだったが、だったら兄貴が車検代とか維持費払えるのかと訊いたところ、反論がなかった。どうやらそっちの経費は僕に丸投げするつもりだったらしい。いくら篠沢商事の給料が飲食系よりいいとはいえ、二台分のクルマの維持費を払うなんて冗談じゃない。こっちの生活が成り立たなくなるじゃないか。 ――なんてことがありつつ、僕は時々絢乃さんを放課後のドライブにお連れするようになったのだが……。「異動しました」の一言を彼女に告げるタイミングがなかなか掴めないまま、一ヶ月以上が経過した。気がつけばその年もあと一ヶ月を残すところとなり、クリスマスが近づいていた。  小川先輩の言ったとおり、大事なことは話すタイミングをズルズルと引き延ばせば引き延ばすほど言いにくくなる。そんな中で源一会長の命にもタイムリミットが迫っていて、僕は焦り始めていた。 せめて、よく会社を早退するようになった僕に疑問を抱かれた絢乃さんの方から切り出してはくれないだろうか、と何とも他力本願なことまで考えるようになっていた。が、ある日それが叶ってしまった。

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   秘書としての覚悟 PAGE5

    「桐島くん、それ、かえって逆効果なんじゃないかな。リミットギリギリになって言う方が、『この人、パパが危なくなるタイミングを狙ってたんじゃないか』って絢乃さんに思われるとあたしは思うんだけど」「…………確かに、そうかもしれないっすね」「でしょ? だったら早い方がいいと思うけどなぁ。タイミングを遅らせれば遅らせるほど、あなたも言いにくくなるだろうし」「……分かりました。じゃあ……とりあえず、秘書室だってことは伏せて、異動したってことだけは早めにお伝えしようと思います」 僕の中で葛藤はあったものの、とりあえず僕側が譲歩する形でこの話題は終わった。「――ところで先輩。源一会長が亡くなられた後、先輩はどうするんですか? 会長秘書は二人も要らないですよね」 源一会長亡き後、後継者となられるのは絢乃さんの可能性が大だった。僕が彼女の秘書に付くことになれば、源一会長の下で秘書として働いていた小川先輩はハブられる形になる。……ちょっと言い方は間違っているかもしれないが。「そのことなんだけどね、あたし、どうやら村上社長に付くことになりそうなの。何でも、社長秘書の横田さんが年内一杯で会社を辞めることになったらしくて。……実家の家業を継ぐんだって」「そうなんですか。横田さんのご実家って確か、湯河原の温泉旅館でしたっけ」 横田司さん(ちなみに男性である)は当時三十二歳で、温泉旅館を営むご実家の長男だったらしい。六十代のご両親がお元気だったので、家業は継がなくていいと言われて東京で就職したが、女将だったお母さまが体調を崩され、急きょ家業を継ぐことになったそうだ。「うん。ウチの社員旅行でもお世話になったよね。まぁでも、あたしは会社を辞めるわけじゃないし、会社に残るから、何かあったらいつでも相談に乗るよ」「はい」 まだ慣れない秘書の業務に追われる中で、小川先輩というよき相談相手が身近にいてくれて、僕は恵まれているなぁと思う瞬間だった。

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   秘書としての覚悟 PAGE4

    「分かりました。そういう事情でしたら、僕も絢乃さんのためにひと肌脱ぎましょう。……あ、ですが一つ問題が」 僕は二つ返事で承諾しようとしたが、肝心なことを忘れていた。社会人である僕と高校生だった彼女とでは生活パターンが違ったのだ。絢乃さんを学校帰りに迎えに行くということは、僕は会社を早退しなくてはならないということだ。僕が仕事を終えるまで彼女に学校で待ってもらうわけにはいかないのだから。 そのことを加奈子さんに伝えると、「そのことなら心配要らないわよ」という返事が返ってきた。『あなたが会社を早退するかもしれないことは、もう室長の広田さんに伝えてあるから。あなたが仕えるべきボスは絢乃なのよ。だからそこは気にしなくてよろしい』 なんと、いつの間にそういうことになっていたのか。さすがは元教師の加奈子さん、色々と手回しのいいことで。「つまり、根回しもバッチリというわけですね。分かりました」『ま、そういうことだからよろしくね。あ、そうだ。あなたが部署を変わったこと、まだあの子には話してないわよ。あなたもまだ伝えてないでしょう? でも、私から伝えるのもおかしな話だものね』「……そうですか」『じゃあ、とにかくそういうことで。そろそろ失礼するわね』 僕も「はい、失礼致します」と言って通話を終えたが、小川先輩が怪訝そうな顔で僕を見ていた。「…………先輩、何ですか?」「桐島くんさぁ、絢乃さんにまだ異動したこと話してないの?」「はい。別に隠しているわけじゃないんですけど、何ていうか……。俺が部署を変わったって聞いたら、絢乃さんはきっと理由を知りたがるじゃないですか。でも、その理由を話したらきっと、あの人はお父さまの死が近づいていることをイヤでも意識してしまうんじゃないかと思うと……」 せっかく前向きに、お父さまの残された命の期限と向き合うようになった彼女の明るさを、そんなことで奪ってしまいたくなかった。「でも、いつかは話さなきゃいけないっていうのはあなたも分かってるんだよね?」「それは分かってます。ただ、今じゃないかな……って。あくまでタイミングの話で」 こういう大事なことは、言うタイミングを間違えると相手に大きな誤解を招いてしまう。――これはあくまで僕個人の経験から学んだことだが。 いよいよお父さまの死期が迫ってきたというタイミングで言わなければ、僕が

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   秘書としての覚悟 PAGE3

       * * * *「――む? ケータイ鳴ってる。……あ、俺のだ」 スーツの胸ポケットからスマホ(ちなみにカバーなどは着けておらず、裸のままだ)を取り出して画面を確認すると、登録していない携帯番号からの着信だった。 横から覗き込んでいた小川先輩が「あ」と声を上げた。「桐島くん、電話出なよ。これ多分、奥さまの番号」「……へっ? ――はい、桐島……ですが」『ああ、桐島くん? 私、加奈子です。分かるかしら』 通話ボタンをスワイプすると、果たして発信者は会長夫人の加奈子さんだった。でも、僕はあの人に連絡先を教えた記憶がない。一体どうやってこの番号をお知りになったんだろう? 「はい。ですが、よくこの番号がお分かりになりましたね」『絢乃から聞いたのよ。この先、私からあなたに連絡を取らなきゃいけなくなることもあるだろうと思って。――お仕事中にごめんなさいね』「ああ、いえ。――どうされました?」 ちなみにこの頃、加奈子さんはすでに僕が秘書室へ異動していたこともご存じだった。小川先輩から伝え聞いていたのだという。『あの子のことで、あなたにお願したいことがあるのよ。……多分、あなたにしか頼めないことなの。もちろんあなたには断る権利もあるし、無理にとは言わないけれど』「僕にしか頼めないこと……ですか?」 それも愛しの絢乃さん絡みだという。加奈子さんもおっしゃったとおり、僕にはお断りする権利もあった。が、絢乃さん絡みだとすれば僕には断る理由がなかった。『ええ。桐島くん、本当に、ムリに引き受けなくてもいいのよ? あなたも部署が変わったばかりで大変なのはこっちも重々承知しているから――』「いえ、ぜひともお引き受けします! ――で、僕は一体何をすればよいのでしょうか」『あのね、これから時々でいいの。学校帰りの絢乃を、あなたのクルマでどこかに連れ出してあげてほしいのよ。あの子いま、学校と家の往復しかしてないから、気が滅入ってると思うの。だから時々、気分転換のつもりでドライブにでも、と思って』「えっ、そうなんですか?」 僕はそれまで、絢乃さんの生活パターンについて聞いたことがなかった。加奈子さんのお話によれば、お父さまが倒れられるまでは放課後にお友だちと連れ立って、お茶やショッピングくらいはしていたのだというが、それどころではなくなっていたらしいのだ。お友だち

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   秘書としての覚悟 PAGE2

     小川先輩は違うかもしれないが、僕が異動を決意した裏には間違いなく絢乃さんへの下心……もとい恋心があったのだから。もちろん、篠沢絢乃さんという一人の女性を尊敬する気持ちもあるし、信頼関係を築きたいというのも本当なのだが。「そうだよねぇ、桐島くんは絢乃さんのこと好きなんだもんね♪ でも不倫じゃないでしょ? ……あたしも違うけど」「そりゃ、不倫ではないですけど。相手、まだ高校生ですよ? 未成年ですよ? やっぱりそういうところって気にしちゃうじゃないですか。『ロリコンだと思われて気味悪がられるんじゃないか』とか」 僕は至極まっとうなことを言ったつもりだったのだが、小川先輩はケラケラと笑い出した。……もしかして、こんな考え方しかできない僕はチキン野郎なのだろうか?「それはあなたの考えすぎなんじゃない? だって、別に元々ロリコン趣味があって絢乃さんのこと好きになったわけじゃないでしょ? 好きになった相手がたまたま高校生だったってだけのハナシでしょ? だったら問題ないよ」「そうですかねぇ……」「そうだよ。――まぁ飲みなって、コーヒー。せっかく淹れたんだし」 先輩は休憩も兼ねて、僕のためにコーヒーを淹れてくれていたのだ(ちなみにインスタントである)。 僕は「いただきます」と言ってマグカップに口をつけた。……が。「熱っつ! 先輩、これ沸騰したお湯で淹れたでしょ!」「えっ? うん。そうだけど……何か問題ある?」「コーヒーは、沸騰させたお湯で淹れたら薫りが飛んじゃうんですよ。それはインスタントでもおんなじです。美味しく淹れるには、お湯を少し冷ますのがポイントなんで覚えて下さいね」 僕は講釈を垂れながら「あ、ヤベっ!」と我に返った。昔っからこうなのだ。自分の好きなもの――主にコーヒーやクルマについて語るとついつい熱くなってしまうという、悪いクセが出てしまうのである。「……分かった、ありがと。ちゃんと覚えとくわ。っていうかそれ、桐島くんにとって絢乃さんへの愛になるかもね。秘書としての」「……えっ?」「絢乃さん、大のコーヒー好きなんだって。よかったねー、引かれずに済みそうで」「そうなんですか。教えて下さってありがとうございます!」 小川先輩のアドバイスが、大切な絢乃さんのために何ができるかという僕の悩みに対する答えになりそうだと思

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   秘書としての覚悟 PAGE1

     ――僕はその翌週のうちに秘書室への異動が認められ、秘書としての研修がスタートした。 ちなみに、転属には所属していた部署の上長の承認が必要なのだが、島谷氏はあっさりと承認印を押してくれた。前もって社長や人事部長・秘書室長の承認印が押されていたので押さざるを得なかったのだと聞いたが、実は加奈子さんから何らかの圧力がかかったのだと僕は勝手に思っている。 とはいえ、十月の異動シーズンからも少しズレていたので、僕のこの時期の異動はイレギュラーな特例だったらしい。「――桐島くん、秘書の仕事でいちばん大事なことって何だか分かる?」 室長から指導係に任ぜられた小川先輩が、僕に優しく問いかけた。 研修が始まってから、僕は秘書の業務もそつなく覚え、こなしてきた。が、先輩にこう訊ねられたということは、僕にはまだ何かが欠けていたということだ。「えーと……、時間に正確であること……ですかね」 首を傾げながら、思いつく答えを言ってみた。あとは命令に忠実なこと、口が堅いこと、このあたりだろうか。「まぁ、それも正解かな。ボスのスケジュール管理は秘書にとって大事な仕事だからね。でも、時間に縛られたくないボスもいるし、あまりにも忙しすぎるとかえってストレスを与えちゃうよね。だから、そのあたりはあまりナーバスになる必要はないとあたしは思ってる。大事なのは時間配分と匙加減」「要するに調整能力ってことですね。じゃあ、それが正解なんですか?」 僕がそう解釈すると、先輩は「う~ん」と唸ってから「それも違うかな」と答えた。「えっ、違うんですか?」「うん。正解はね、どれだけボスに気持ちよく仕事をしてもらえるか考えて、工夫すること。まぁ、簡単に言えばボスへの愛、ってことね」「愛、ですか……」 彼女の源一会長への想いを知っていた僕には、この言葉にものすごい説得力を感じた。「先輩が言うと、何か重みがありますよね」「……あっ、違う違う! あたし、そういう意味で言ったんじゃないからね!? 愛っていうのは、信頼とかリスペクトとかそういう意味!」 首元まで真赤にして弁解する先輩だが、ここは給湯室で僕以外には誰もいないので、そんなにムキに必要もないのではないだろうか?「あたしは会長のこと人として尊敬してるし、秘書として信頼されてるのが嬉しいの。それは仕事のやり甲斐にも繋がっていくか

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